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「成功をさせない罪悪感の罠」と「許し」について

自分の夢を遠ざけるのは実は自分自身ということはたくさんありまして。

努力も時間もお金もエネルギーも全部注いでいるのに、目標や夢の一歩手前でUターンをバッチリ決め込むことがあります。

このUターン、一度やってしまえば癖になるので、至るところでUターンを決めます。もはやUターンしすぎて持ちネタになることも。

努力できないとか、才能がないとか、ではないのです。

むしろ人一倍努力もできるし、情熱もある。だけど、目標に近づけないのです。

成功させないという罰

「幸せになる恐れ」と言われると、「なんじゃそりゃ!!」と思われるかもしれません。

このUターンもそれの一種なんですよね。

成功すると罰当たりそうとか思ってません?

「そんなことないよ!」と思われるかもしれませんが、心の奥底の罪悪感が影響していることがあります。

罪悪感とは、自分を責める感情ですからね。

成功なんてさせないし、目標なんて達成させない!!

苦労すること、努力すること、必死にもがくこと、それ自体が目的になってしまいます。

周りで成功している人を見れば、嫉妬心に苦しくなるし。

自分よりも努力していない人を見ては、怒りの炎を燃やします。

罪悪感には気が付きにくい

私たちは自分の中にある認めたくない感情は、無視をします。

そもそもネガティヴな感情なんて見たくないし、感じたくないですからね。

怒りは、まだ相手にぶつけたり、自分を責めたりと、その感情のエネルギーの発散の仕方があるかもしれません。

でも、「罪悪感」は、その感情の発散の仕方も、癒し方も知らないですよね。

だから「罪悪感」は無視されやすい感情ナンバーワンなんですよね。

燃やすゴミなのか?燃えないゴミなのか?すら分からない。

大掃除の旅にどうすればいいか分からなくて、タンスの奥の突っ込んで何年もそのままにしてしまう。

見ないようにしているけど、タンスを圧迫をしていて。

本来は他の洋服やスーツケースなど入れておけるのに。

結局はリビングが片付かないのも、タンスにしまっている罪悪感が邪魔で物が溢れているからかもしれません。

まぁ、こんな風に普段は全く意識していないけど、普段の生活に影響しているのがこの罪悪感なんですよね。

「許し」の感覚が分からない

罪悪感には「許し」なわけですが、この「許し」がまぁ、ピンときません。

「自分を大切に扱う」と「自分を許す」は、カウンセリングでも、ピンとこない言葉のナンバー1を争ってます。

「自分を許せない」から「自分を大切に扱えない」というセット商品でもありまして、ここの壁を突破することがカウンセリングの主な仕事と言っても過言ではありません。

なぜ、自分を許すこと(罪悪感を手放すこと)が苦手なのでしょうか?

そもそも、自分を許すことの見本が少ないんですよね。

「お天道様が見ているから悪いことはしてはいけない!」

と、罪の意識や感覚は小さい頃から割と教えられたりするのですが、「許し」に関しては、あまり教えられることはないかもしれません。

「悪いことしたら、罰がある」と、罪と罰がセットになって、「許し」がないままに、自分を罰し続けてしまいます。

「許し」とは受け入れること

「許し」とはありのままを受け入れることです。

判断をしないこと、判断を超えて受け入れることです。

例えば、浮気の相談を受けることがあります。

浮気された旦那を許すかどうか?

「浮気」という言葉だけを切り取れば、そこに善悪の判断がでてきます。

でも、その旦那を許すことは「浮気」の善悪の判断を越えて、相手を受け入れることです。

相手を「許したいのか?許せないのか?」それは自分で決めることです。

自分を許すか?どうか?それもまた自分で決めることです。

では、私たちは一体何に罪悪感を感じて、自分をどのように判断しているのでしょうか?

愛ゆえに罪悪感を抱える

相手を傷つけたしまったこと。

裏切ってしまったこと。

期待に応えられなかったこと。

上手く愛せなかったこと。

大切にできなかったこと。

一つ一つの後悔や失敗を地層のように罪悪感の歴史として重ねていきます。

罪悪感はすべて癒しきることはできない。と言われることがあります。

それは罪悪感が愛の裏返しだからです。

「大切にしたい!」という想いが強いので、傷つけてしまったことに罪悪感を感じるし、上手く愛せなかった自分を責めてしまいます。

その相手は、お母さんかもしれないし、兄弟かもしれない。友達かもしれないし、かつての恋人かもしれない。

愛のある限り罪悪感は生まれ続けてしまいます。

「許し」とは自分を解放すること

でも、愛をすべて捨て去ることもできません。

大切なことは、罪悪感を取り返しのつかない過去として見るのではなくて、罪悪感を使って自分を責めない生き方を選択していくことです。

愛ゆえに罪悪感を抱えるのですが、その愛から生まれた罪悪感で自分を傷つけることをやめることです。

あなたが愛している人、愛した人は、あなたが自分を罰することを本当の望んているでしょうか?

あなたの愛している人、愛した人は、あなたが苦しむことを望んでいるでしょうか?

「許し」とは上手くいかなった過去への判断を手放して、ありのままを受け入れることです。

罪悪感を手放して、自分を許すことは、何か大きなイベントが必要なわけでもなくて、日常の小さな選択や思考の積み重ねです。

過去の失敗や後悔から自分を解放して、未来へと進むことです。

「ありのまま」ではいけない?

もう一つ罪悪感について触れておきたいテーマが自分への禁止令です。

「ありのままではいけない」「自分で答えを出してはいけない」という禁止があります。

そう自分自身であること。自分で人生を決めること。

それを禁止して、そうありたい自分に罪悪感を感じることがあります。

小さい頃、子供の頃は、親のルールや周りの制限の中で生きていきます。

それは自然なことですが、その時の自己イメージのまま大人になってしまいます。

周りの空気を読まないことが、まるで親の期待を裏切るように感じる。

自分の未来を決めることが、ワガママであるように感じる。

自分の人生を生きることに罪悪感を感じてしまうのです。

まるで立ち入り禁止の建物に入るような、禁止事項を破るような。

自分を生きることを望むのに、それに一歩踏み出すことがすごい禁忌を犯しているように感じます。

だから、自分の人生を踏み出していくのに、途中でUターンします。

制限のある世界に、非力な自己イメージの限界に。

「許し」とは、まずはどんな自分自身をも受け入れることです。

もうあなたは自分の人生を生きていいのです。

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