周りの人に受け入れられても、自分の人生を生きていなかったら、窮屈さや孤独が溜まっていきます。
それらがあるレベルに達する無自覚に自分を傷付け始めることがあります。
過食や睡眠不足、アルコールの大量摂取、自分の体をいじめていきます。また、肉体的な攻撃では足りずに、精神的に痛めつけることもあります。
自分を不当に扱う人との関係を続けたり、自分を大切に扱ってくれる人に対して冷たく当たったり(八つ当たり)孤独感を強く感じる出来事を起こしていきます。
自分の人生を生きることも孤独!?
自分の人生を生きることも孤独だし、不安ですよね。
それなら周りが受け入れてくれる自分を偽りであっても続けた方が安心できるかもしれません。
だけど、どこかでやっぱり窮屈なんですよね。自分らしく生きるべきか?周りに合わせるべきか?ずっと葛藤されてきたかもしれませんね。
確かに自分の人生を生き始めることは不安や孤独です。
周りの言うことさえ聞いていれば自分の居場所は確保できたように思えます。母親の機嫌と取るために、父親の寂しさを紛らわせるため、恋人の不満を取り除くために、自分が存在している実感は得られやすいです。
だから、それらの居場所や役割を手放すことは、周りの人々との縁を切ったように感じられる。
でも、ここには2つの誤解があります。
孤独はだんだんと癒やされていく
自分の人生を生き始めた時の孤独は最初は一番強いんですよね。
その孤独の強さから、元の周りに合わせる自分の戻ろうとしてしまいます。
だけど、そこを少し耐えて、自分の人生を歩み続ける不思議なことが起きます。
一度手放した人間関係が新しい形で戻ってきます。
それまで母親の為に、自分の意見に蓋をして生きてきたのに、自分の人生を生きようと決めてから、なぜか母親が優しくなった。
そんなことが起きていきます。
自分の人生を生きることは、関係性を完全に断ち切るのではなくて、新しい関係性を結び直すためのものです。
恋愛では復縁がいい例かもしれませんね。
一回完全に手放して自分の幸せを追求して、「自分らしさ」を取り戻すと、新しい関係の恋愛として縁を結び直すことができます。
本当に怖いのは自分の成長
もう一つの誤解は、自分の人生を生きることは、子供の自分とさよならする怖さです。その怖さを周りの人と離れる不安と誤解してしまうのです。
ある意味、周りの期待に応えて合わせている時は、自分の選択や意見に責任を持たなくていいんですよね。
「本当は嫌だけど、お母さんが、、」「〇〇したいけど、友達が、、、」と、周りの責任にして、自分の人生を生きなくて済むからです。
依存したい自分、誰かに頼りたい自分がそこにいるんですよね。
でも、素直に甘えることもできないし、弱さを見せることもできない。だから、周りに合わせることで、実は甘えているんです。
自分の人生を生きることは、自分の意見や行動に自分で責任を取ることです。
このように書くと、少し堅苦しく聞こえますが、自分の選択した結果を自分で受け入れることは楽しいことでもありますからね。
何もネガティブなことばかりとは限りません。
より自由を得ることですからね。
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