心理学的には「証明しようとするものは、実は自分でも認めていないもの」と言われることがあります。
例えば、自分を大切にしてくれない彼へに対して、「どれだけ自分が愛しているか」を証明しようと必死に伝えている時に、本当は彼のことを愛していないことがあるのです。
ややこしいですよね。
愛していない彼に対して、自分の愛を伝えようとするのですから、伝わらないのも当然なんですよね。でも、伝わらないから、さらに必死で自分の愛を伝えようとします。
その度に、だんだんと心はすり減ってしまいます。
証明することで何を手に入れようとしているのか?
私たちは必死に何かを証明することで、何かを得ようとします。
例えば、自分を大切にしてくれない彼に(ひどい言動や音信不通、嘘など)、自分の愛を証明することができたら、彼が謝ってくれると思っているかもしれません。
「僕が間違ってました。あなたは何も悪くありません」
愛を証明することで、「私は間違ってない!」という正しさを手に入れたかっただけかもしれないのです。
愛を証明することで、「正しい私」を得ようとしているわけですね。
もう一つの例を見ていきましょう。
例えば、本当にしんどい恋愛をしていて誰もが「そんな彼とは早く別れたほうがいい」と言われることがあります。
彼にされたひどいことを友達に話しつつ、でも、その彼のことを愛していることも話します。
「ひどい彼をそれでも受け入れようとしている私」を証明することで、「優しい私」や「健気に頑張っている私」という評価を手に入れようとしている可能性があります。
自分の中でもう彼のことは大嫌いで、愛なんて冷めている。
でも、それを自覚すると自分が悪者になった気がするかもしれないし、彼を手放した後の未来がどうなるか不安を感じているかもしれません。
心の奥に潜んでいる不安を埋めるために「優しい私」や「健気に頑張っている私」が必要なんですよね。
また、例えば、仕事で真面目な自分を証明しようと、休まずに周りに仕事をサポートまでするかもしれません。でも、本当は仕事なんて投げ出したいし、適当な自分がいるかもしれませんよね。
小さい頃のパターン
これ小さい頃から癖になっていることがあります。
例えば、欲しいものを我慢することで褒められてきた人は、自分がどれだけ我慢して(倹約して、節約して、贅沢をしないで)頑張っていることを証明したくなるかもしれません。
でも、それをやっていても、心はストレスが溜まっていきます。
本当は自分の好きなものを買いたいし、やりたいことをやりたい。でも、それをすれば「良い子の私」を褒めてくれなくなるので、我慢するしかないんですよね。
親や周りの評価を手に入れるために、偽りの自分を表現しているのです。
その小さい頃のパターンがずっと続いていると、自分でも何をしていいか分からなくなります。
例えば、本当は親の期待通りの人生しか認めてくれない親のことを嫌っていたとしても、親との心理的な距離を取ることができません。むしろ、どこかで親との近い距離を維持しようとすることもあります。
毎週のように電話をする。
毎日のようにメッセージを送る。
人生の決断の時には必ず母の意見を聞くようにする。
誰かに評価されることでしか、自分の存在を確認できないんですよね。
自分の為に、自分を生きる
誰かのために、証明する生き方から、自分の為に自分を生きる道を少しずつ歩んでいきましょう。
分かりやすく言えば、自分軸を作っていくことです。
自分の要求や気持ちに素直になっていく。
自分のダメな部分も否定しない。また、自分の魅力も否定しない。
「ありのまま」で生きてみる。
そんな時間を増やしていきましょう。
怖いですよ。ありのままで生きることは。
周りに否定される可能性もありますからね。
でも、私たちは自分で選ぶことができます。
自分で自分を否定しない生き方か?
それとも周りに否定されないように自分を否定するのか?
あなたにとって、何が人生を豊かにしてくれるでしょうか。
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