ライフ

700万年前から生命の輝きは変わってない

「やりたいことが分かりません」

カウンセリングをしているとこの相談をされることが多いのですが、「やりたいこと」が分からないというよりも「やりたくないこと」がいっぱいいっぱいに積み重なっている状態の人が多いかもしれません

例えば自分の背丈くらいの洋服タンスいっぱいに、
下の段から上の段まで自分が嫌いな(似合っていないと思う)洋服で埋め尽くされている感じ。

嫌な洋服で埋め尽くされているのだから、
そこから洋服を選ぼうと思ってもテンションが上がらない、朝起きてその洋服タンスを開けるだけでも気分が落ちる。

いっそ洋服タンスごと
どこかの山奥に投げ棄てに行きたいのけれども、
嫌いな洋服でもその洋服がなければ外の世界へと出ていけない。

嫌いな洋服でも、
それがなくなってしまえば、
どうやって社会と繋がっていいのか分からなくなってしまう。

そもそも私は社会と繋がっていたいのだろうか?
社会と繋がっている「ちゃんとした大人」になりたかったのだろうか?

お気に入りの洋服がないことは、
誰からか羨ましがれる洋服を持っていないことは、
社会不適合者のサインを押されることだろうか?

人類が誕生した700年前なら
裸で闊歩しても恥ずかしくもなかったかもしれない。
ヌーディストが許されるのはそれを歓迎するビーチか我が家だけ。

洋服タンスの中身にテンションが上がらないのなら、朝を迎えることにテンションが上がるはずもない。朝起きた瞬間から昨日と同じ憂鬱を抱えることになる。

憂鬱から解放される時間はベッドの上で寝ている時だけ。
でも、寝た瞬間には明日の朝に向かってカウントダウンが始まっていく。

世間のしがらみから解放されて
夢の中でその自由を味わう幸せな睡眠の始まりは、
昨日と変わらない憂鬱な明日へのカウントダウンの始まりとなる。

洋服を着ていなければ、
部屋の外には出ていけない。

部屋の外には出なければ
社会の一員としての実感を感じられない。

お気に入りでもなく、自分らしくもない洋服を身に纏って社会の一員として繋がろうとしても、
その行為は自分に胸にナイフのような鋭さをもって問いかけてくる。

「本当に私の人生はこれでいいの?」
「何のために?誰のために?私の幸せは?

偽物ではないけど、
本当でもない生き方は

微量な毒を毎日飲むように
少しずつ自分を殺していく。

余計なことを考えないように
夢など見ないように
自分の限界や才能を戒めるように
小さな鳥籠の中でより小さな籠に閉じこもるように

大人になることは、
黙ってその微量な毒を飲み干せるようになること。
そうやって自分に言い聞かせる。

「私の好きなことは何?」

そんなことより、
今日の分の毒は飲んだのか?

「本当の私って何?」

バカな夢を見ないように
お灸を据えてやらなければいけない!!

心の声を悪魔の声が否定する。
かつては母の声、かつては父の声、かつては大人の声(今は自分もその大人になってしまったのだけれども)それが悪魔の声となって心を縛りつける。

小さい頃に散々聞かされた声は、
あの時はとても大きく強く絶対的に聞こえたけれども、
実はその中身は私と同じように心の不安定を隠すために、
何者かになりすますことが出来る洋服を着込んで自らの不安を吹き飛ばすように、
力を込めていただけなのかもしれない。

やりたいことが見つからないことは、
それ自体が罪のように気がして焦る。

自分の洋服タンスには嫌いな洋服が詰め込まれているように、
自分の人生には本当はやりたくないことで積み重なってしまっている。

「やりたくないこと」をやらないことも罪
「やりたいこと」が分からないのも罪

長い間
少しずつ積み重なって
大きくなっていく鍾乳洞のつららのように
行き場のない罪の意識が鋭く心に突き刺さっていく

「友達100人出来るかな?」

「一年生になったら〜」と明るく歌うその歌が、
友達が出来ないことや友達が少ないことを悪いことに感じてしまう行き場のない罪や恥の意識を生むように

「やりたいことに生きる」という言葉に
やりたいこともなく生きていくことが劣等生のよう感じる
やりたいことが分からないままに嫌なことを我慢する生き方がまるで弱者ように。

「悪いのは私?」

いや、
あなたは悪くない。

押し潰されそうな日々を
一生懸命生きているあなたを誰が否定出来るだろうか?

生きているだけで

生まれて、生きて、死を迎える

それだけで、

ただそれだけでとても美しい

サバンナで生活する野生の動物に
力強さや美しさを感じるように

私たちの生命は力強く美しい。

700万年前に
この地球上を我が家のように裸で歩いた
僕らの大先輩達は今より過酷な世界を心は自由に生きていたかもしれない。

自由で便利なモノに溢れた現代に
心はより不自由になってしまっているとしたら、
僕らは生命の美しさの根源を思い出す必要がある。

あなたの生命は何をしていても
美しく光り輝いている

その輝きを思い出すことから

まずはそこから

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