本当に好きな人の前では、全てをさらけ出して、全てを捧げるのが怖くなることがあります。
「この人はいつもの恋愛と違うかもしれない」
そう確信しながらも、うまくいかない恋愛になって、自分から終わらせようとしているなら、「少し待った!」をかけていいかもしれません。
相手との関係を終わらせる前に、自分の中にある恐れを手放すことで、より良い恋愛へと変化することがあります。
恐れがもたらす誤解
私たちの心は不思議なもので、愛されることへの不安が出てくると、相手を「一番愛してくれない相手」に仕立て上げることがあります。
愛されていることよりも、自分の願いを叶えてくれないことに目がいくのです。
どんな素晴らしい瞬間を共に過ごしても、不平不満の種を見つけて、それが全てのように認識するのです。
恐れはこのように誤作動を起こしてしまいます。
友達に相談することで失敗することも
この状態で友達に相談すると「そんな彼は別れた方がいいよ!」と言われてしまいます。
愛されていることよりも、愛を感じられない出来事を強調して話してしまうからです。でも、そのことに自分では気が付きません。
友達に相談することで、「やっぱり私は愛されてないのかな、、」とさらに疑惑を強めて不安になっていきます。
さらに愛を感じられない出来事ばかり目につくようになります。
愛されたい気持ちが伝わらない
このような状態に陥る人の多くは「自分は愛されない」という感覚を小さな頃から抱えていることがあります。
「自分は完璧な存在じゃない!だから愛されなかったんだ!」
愛されることへのハードルが小さな頃から高かったのです。
でも、その裏にある心理は自分への過小評価と疑いです。
「こんな自分では愛されるわけがない」
「こんな自分を愛してくれる人はいない」
その想いの反動から「自分を完璧に愛してくれる人でなければ、いつか私は愛されなくなる」と、相手に完璧さを求めてしまいます。
でも、この世界には完璧な人間などいません。
完璧さを求めるあまり、相手の足りない部分がより目につくようになります。
自分は「もっと愛してほしい!」と伝えているつもりでも、相手はダメ出しされているように感じます。
「どんな自分もいい」と思えること
まずは自分にずっと求めてきた完璧さを緩めていきましょう。
「なんでもできる自分」「ミスしない自分」「感情的にならない自分」「なんでも引き受ける自分」
それぞれ育った環境から自分なりの完璧さがあります。
それらが悪いわけではありません。でも、それを求めることは、そうではない自分を認められないコンプレックスを抱えたままかもしれないのです。
そのコンプレックスが冒頭に書いた全てをさらけ出して、全てを捧げるのが怖くなる理由になります。
「どんな自分でもいい」
そんな気軽さを手にすることができれば、相手の完璧さを求めなくなります。
完璧さを求めなければ、不平不満の種を探していくこともなくなります。
その結果、愛されていることをより実感できるようになりますからね。
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