恋愛

頑張り屋さんの失恋が癒えていくまでに

失恋の痛みは意識的には「その恋で傷付いた、裏切られた」と感じます。

もう傷付きたくないから次の恋愛に踏み出せないことも、傷付けられた痛みを癒すためにはもっと愛されたいと相手に執着することもあります。

でも失恋の相談を聞いていると、「傷付けられた」よりも「私が相手を傷付けていたかもしれない」それが後悔の傷となっていることが多くあります。

頑張り屋さんほど、私の愛情で相手を傷付けたかも?不快にしたかもしれない?と心の奥底で自分を責めてしまってます。

限界まで追い込んでしまう

頑張り屋さんは、ちょっと嫌な言い方かもしれませんが、「我慢できちゃう人」でもあるんですよね。相手の為に自分を我慢させることができます。

それは愛情の一つで、自分よりも相手を大切にしようとする優しい気持ちなんですよね。だから、頑張りすぎてしまうし、我慢もしちゃう。

自分の存在で、相手を笑顔にしたいから。

頑張り屋さんは「もうダメだ」と思った恋愛でも、最後まで頑張り抜いてしまいます。ボロボロになって、もう限界ってギリギリのところまで相手を愛することを選び続けます。

だから、恋の終わりには本当にボロボロになります。今まで我慢して、見て見ぬふりをしてきた傷口も顔を出していきます。

愛の強さの度合いだけ自分を傷付けてしまうのです。

必死に自分を保っている

「あんなクソ男に出会わなければ!」と、口では相手に文句を言うこともあります。

でも、どこかで自分を責めているんですよね。「もっと頑張れば、こんな結果にならなかったかもしれない」「私のせいで相手の時間を奪ってしまった」と。

心のどこかにその想いがあるけれども、それを口に出して意識することにすごく抵抗があるんですよね。誤解なんです、誤解なんですけどね。自分の無価値感を認めてしまうような気がするのです。

「あぁ、私の愛情は誰にも必要とされないし、誰にも価値はない」と。

それを自覚するともうやってられないので、必死に怒りのエネルギーで自分を維持しているんですよね。「あのクソ男め!」と。

もちろん、相手が本当にクソ男の場合もあるでしょうし、その怒りが全て偽物だということでもありません。でも、その怒りのエネルギーを使って、なんとか自分を保っているのも確かなんです。

無価値なんかではないから

失恋の傷を癒していくことは、その無価値感の誤解を手放していくことなんですよね。

それが難しいわけです。だって、現実的に目の前の恋がうまくいかなったから。自分の愛情が無価値である証明になってしまうわけです。

でも、ちょっと掘り下げていきたいのですが、「自分の愛情が無価値である」と感じたのはその恋愛が初めてでしょうか?もっと幼い時に、もっと昔の恋愛でも、同じように「私には価値がない」と思った出来事はなかったでしょうか?

無価値感をミルフィーユのように積み上げてきていることがあります。その無価値感が歴史が長いほど頑張ってしまいます。癒えてない傷を癒してないままにずっと頑張り続けてきませんでしたか?

無価値感があると、愛することも愛されることも怖くなってしまいます。

「こんな私が愛されるはずはない」と思ってしまいますからね。

その怖れを抱えても誰かを愛する選択をした自分を認めてあげてますか?

自分に厳しくしてしまってません?

自分の味方でいてあげよう

失恋に一発で効く薬なんてありません。

新しい恋が過去の痛みを癒すこともあるでしょう。

でも、本当に心が傷付いたままでは新しく誰かを愛することがとても怖くなります。

自分が自分の味方でいてあげましょう。

どんなに傷付いても、愛することを選択してきたその愛の大きさを本当は自分が1番知っているはずです。

その愛の価値をちゃんと見てあげてくださいね。

あなたが自分の愛の価値を受け入れた時に、その愛の価値を知る人に出会えます。

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