コラム

この世界のどこにも行き止まりはない

今日からブログのURLが新しくなりました。

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今年の夏はインスタライブを始めたり、ブログを新しくしたり、いろいろと変化のタイミングでした。ずっとしたかったことなのですが、すべてが同じタイミングになって、「流れ」のようなものを感じます。

ここしばらくブログの書き方や告知のスタイルも少しずつ変えてみました。いつも長い文章を書いても読むことに疲れるかなと短くしたり、Twitterでブログ更新のお知らせするのを辞めてみたり、試行錯誤しながら。

大きな変化と小さな変化を。

今まで5年間続けてきたブログから新しいブログへと引っ越してきたのですが、この5年間でもカウンセリングや癒しに対するスタンスも変化してきたかもしれません。「癒し」は考えれば考えるほど、奥深いんですよね。

ずっと抱えていた失恋の痛みが、たまたま入った喫茶店のショートケーキを食べた瞬間にスッと消えることがあるし、家族の確執が、道を歩いて途中でふと近くの公園に目をやった時に許せることがあります。

私たちの心はとても不思議で、常識や予測を越えていきます。

常識や予測を越えたことを「奇跡」と呼ぶのなら、「奇跡」は当たり前に日常の中で起きていきます。

心は自分が思っているよりも「可能性」に溢れているとも言えます。

悲しみ、痛み、どうしても上手くいかないこと、私たちは「変化」を求めてカウンセリングや癒しを求めていきます。

悲しみや痛みを手放すこと、やり方を変えることは「変化」でもあります。それと同時に「可能性」を見つける、思い出すことかなとも思うのです。

痛みや悲しみ、孤独感は「未来の可能性」「幸せの可能性」が見えなくなるから訪れます。何か行き止まりにぶつかったような、この先がない感覚がした瞬間に、それらの感情に飲み込まれていきます。

でも、本当はこの世界のどこにも行き止まりなんてなくて。

自分が行き止まりと思っているのは、自分が過去に決めた制限で。

幸せや生き方、愛する方法も、愛される方法も、その制限の中で迷子になってしまいます。

その制限の中で上手く生き延びることが「変化」や「癒し」ではなくて、その制限の外側にある「可能性」に気付くこと。

僕がカウンセリングでやっていることは、本人が見えなくなった「可能性」を見続けることです。誰かに見てもらわなければ、自分では見えなくなってしまいます。

私たちは可能性を否定されたり、貶されたりする経験にたくさん出会います。

その可能性をただ見てもらうこと、それが安心にも、自信にも繋がります。自己肯定感とは、可能性を受け止めること、受け止めてもらうことを通して培われるとも言えますね。

僕自身も自分の可能性を見続けていろんなチャレンジをしていきたいと思います。自身の可能性を信じていなければ、いくら僕が目の前の人の可能性を見ても伝わらないことがありますからね。

恋愛も、親子関係も、友人関係も、同じです。

自分の可能性を信じられないのに、相手の可能性を信じても伝わらないことがあります。どんなに素敵な言葉でも、想いでも、掴めない雲のように通り過ぎてしまいます。

誰かに可能性を信じてもらえた人が、自分を信じて、次は誰かの可能性を見てあげられるように。

可能性を信じてたくさんのチャレンジを一緒にやっていきましょう。

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