相手を本当に理解することは容易じゃない。
「分かったふり」はすることができても、本当の意味で心から理解することはとても大変なことだ。
分かったふりをして、イエスマンのように相手を受け入れているのに、「本当は俺のこと何も分かってないくせに!」と言われることも多くある。
繊細な人ほど、相手の「分かったふり」を見抜くのがうまいのか、それとも疑心暗鬼でいっぱいになっているのだろうか。
夫婦の離婚やカップルの離婚の相談を受けている時も、この「分かったふり問題」が出てくる。
「彼は私のこと本当は何も分かっていなかった」
「本当の彼を知らなかった」
付き合って何年もなる夫婦やカップルが、お互いのこと知り合えていないことに直面して、破局を選ぶケースがある。
長い時間を一緒に過ごしてきたようで、何も知らなかった。
本当に相手を知ろうと理解する試みを、愛と呼ぶならば、「分かったふり」は裏切り行為に捉えられてしまうのでしょう。
ただ「分かったふり」をすることは、決して悪意からきているわけではない。相手の為を思うからこその優しさの場合があり、そうすることで自分の愛を伝えていることがあるからだ。
相手を理解してあげたい愛と、「分かったふり」をしてあげる優しさは必ずしもイコールではないことを心の何処かに留めておかなければいけない。
本当に相手を理解するためには、「分からない」をまっすぐに伝えることも必要だ。何度も「分からない」を繰り返して、ようやく相手が少しずつ見えてくる。
理解することに急がなくてもいい、時間をかけることが愛そのものかもしれないからだ。
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